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東京地方裁判所 平成10年(ワ)130号 判決 1998年7月27日

原告

塚田吉則

被告

株式会社オーク

右代表者代表取締役

門脇茂則

右訴訟代理人弁護士

篠崎正巳

主文

一  被告は、原告に対し、金四九万九八五一円及びこれに対する平成一〇年一月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金五一五万二二七四円並びに内金四〇七万〇二二四円に対する平成一〇年一月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員、内金一〇六万〇〇五〇円に対する平成一〇年三月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員及び内金二万二〇〇〇円に対する平成一〇年五月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、被告に雇われていた原告が未払賃金などの支払を求めた事案である。

二  前提となる事実

1  原告は、飲食業を営む株式会社である被告にウエイターとして勤務することを約して雇用され(以下「本件契約」という。)、平成九年八月三〇日から同年一一月二七日まで稼働した(争いがない。)。

2  原告は平成一〇年一月二二日被告に対し本件訴状により金四〇七万〇二二四円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払を催告し、同年三月一六日第二回口頭弁論期日において被告に対し金五一三万〇二四七円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払を催告し、同年五月一二日第一回弁論準備期日において被告に対し金五一五万二二七四円並びに内金四〇七万〇二二四円に対する平成一〇年一月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員、内金一〇六万〇〇五〇円に対する平成一〇年三月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員及び内金二万二〇〇〇円に対する平成一〇年五月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払を催告した(当裁判所に顕著である。)。

三  争点

1  賃金及び残業代の未払の有無について

(一) 原告の主張

原告と被告は、本件契約において、一日の所定労働時間を八時間、休憩時間を一時間、一か月当たりの賃金を金四〇万円、毎月二〇日締めの月末払いとすることを合意した。被告は右の合意に基づき次の各金員について支払義務を負っている。

(1) 未払賃金八九万六〇〇〇円

原告の平成九年八月三〇日から同年九月二〇日までの賃金(以下「九月分の賃金」という。)、同年一〇月二一日から同年一一月二〇日までの賃金(以下「一一月分の賃金」という。)及び同月二一日から同月二七日までの賃金(以下「一二月分の賃金」という。)はいずれも金四〇万円であるが、一一月分と一二月分の賃金はいずれも未払であり、九月分の賃金は金三〇万四〇〇〇円として支給金額が計算されており、金九万六〇〇〇円が未払である。したがって、未払賃金は金八九万六〇〇〇円である。

(2) 未払残業代金八九万二一三七円

原告の勤務は午後三時から翌日の午前五時ころまでで、このうち休憩時間は一時間であった。原告は平成九年八月三〇日から同年一一月二七日まで別紙<略>のとおり深夜に合計四二八・五時間の残業をした。原告の一か月当たりの賃金は金四〇万円であり、一か月を三〇日とすると、一日当たりの賃金は金一万三三三三円(一円未満切捨て)であり、原告の一日の所定労働時間は八時間であったから、一時間当たりの給料は金一六六六円(一円未満切捨て)であり、深夜残業に対する一時間当たりの賃金は金二〇八二円(一円未満切捨て)である。したがって、右の深夜残業(残業時間四二八・五時間)に対する残業手当は金八九万二一三七円となる。

(3) 付加金八九万二一三七円

右(2)に対する付加金である。

(二) 被告の主張

原告と被告は、本件契約において、一日の勤務時間を午後四時から翌日の午前一時まで、休憩を一時間、午後一一時以降の深夜割増賃金を含めて日給金一万六〇〇〇円、残業はなく、仮に残業があったとしても残業代を含めて日給金一万六〇〇〇円、一か月を二五日と計算して日給月給金四〇万円、休日は一週間に一日とすることを合意した。原告は平成九年一〇月にウエイターからサブマネージャーに昇格し、これにより一〇月分の賃金から原告の日給は金一万六四〇〇円、原告の日給月給は金四一万円となった。被告は右に基づき次の各金員について支払義務を負っている。

(1) 未払賃金四四万九八五一円

原告の九月分の賃金は金三〇万四〇〇〇円(所得税などの控除前の金額)であり、一一月分の賃金は金四一万円(所得税などの控除前の金額)であり、一二月分の賃金は金一一万四八〇〇円(所得税などの控除前の金額)である。九月分の賃金に未払はなく、一一月分及び一二月分の賃金は未払であり、所得税などの控除後の金額はそれぞれ金三六万〇八六〇円、金八万八九九一円であり、その合計は金四四万九八五一円である。

(2) 未払残業代金〇円

原告の勤務では残業はなく、原告が別紙のとおり残業をしたことはない。仮に残業があったとしても残業代を含めて日給金一万六〇〇〇円又は金一万六四〇〇円とされていたのであるから、被告が残業代の支払義務を負うことはない。

(3) 付加金〇円

被告は残業代の支払義務を負わないのであるから、付加金の支払義務も負わない。

2  研修手当の支払義務の有無について

(一) 原告の主張

原告は平成九年八月二五日から同月二九日まで五日間にわたり被告の研修を受けたが、研修を受けるに当たって被告との間で研修期間中は一日当たり金一万円を支払うことを合意した。したがって、原告の研修手当は金五万円である。

(二) 被告の主張

研修は会社の説明会を兼ねるもので実費だけを支給したのであり、研修手当を支払うことを合意したことはない。

3  寮費の過払いの有無について

(一) 原告の主張

原告は被告の寮に入寮していないにもかかわらず一〇月分の給料から寮費として金二万二〇〇〇円が差し引かれた。

(二) 被告の主張

被告の資料によれば、原告は入寮している。

4  慰謝料の支払義務の有無について

(一) 原告の主張

被告の原告に対する賃金の支払が遅延したため生活が苦しくなり、また、平成九年一二月ころからローンの返済を督促されるようになったため、妻が子供を連れて実家に帰ってしまい、平成一〇年二月九日には妻と離婚した。これはすべて被告の原告に対する賃金の支払が遅延したためであり、右の慰謝料として金二四〇万円の支払を求める。

(二) 被告の主張

賃金の支払の遅延は単なる債務不履行であり、それによって当然に不法行為が成立するわけではない。賃金の支払の遅延と原告の離婚との間には因果関係はない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(賃金及び残業代の未払の有無)について

1  次に掲げる争いのない事実、証拠(<証拠略>、<人証略>(以下「O」という。)、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 原告は被告の求人広告を見てこれに応募したが、その求人広告には、固定給として月給金四〇万円を支払うこと、勤務時間は午後五時から翌日の午前二時までであること、休憩は一時間で実労働時間は八時間であることなどが書かれていたが、残業の有無については特に記載はなかった(原告本人)。

(二) 原告は、被告の採用面接の際に面接の担当者から、原告はウエイターとして被告の経営に係る店舗で勤務すること、原告の賃金は固定給として月給金四〇万円であること、昇格することによって賃金が引き上げられていくこと、賃金の支払は二〇日締めの月末払いであること、休日は週一回であること、店舗の営業時間は午前二時までであり、営業終了後に後片づけをすることなどの説明を受けたが、面接の担当者から営業時間の終了後の後片付けについて残業代を支払うという説明はなく、また、原告も面接の担当者による説明に対し更に説明を求めたり異議を述べたりすることはなかった(原告本人)。

(三) 原告が勤務を始めた平成九年八月三〇日から原告が勤務していた店舗で勤務を開始したOも、原告が見たのと同じ内容の募集広告を見て被告の採用面接を受け、被告の採用面接の際に原告が受けたのと同様の説明を受けたが、Oは採用面接の際に一か月の賃金が金四〇万円であるという説明を受けてウエイターの仕事にしては賃金が高いと思った(<人証略>)。

(四) 被告の賃金台帳によれば、原告の九月分の賃金は金三〇万四〇〇〇円(ただし、所得税などの控除前の金額)、平成九年九月二一日から同年一〇月二〇日までの賃金(以下「一〇月分の賃金」という。)及び一一月分の賃金はいずれも金四一万円(ただし、所得税などの控除前の金額)、一二月分の賃金は金一一万四八〇〇円(ただし、所得税などの控除前の金額)であり、これらの賃金はいずれも基本給とされており、右の各金額から所得税などを控除した後の原告の賃金は九月分が金二八万五七二四円、一〇月及び一一月分が各金三六万〇八六〇円、一二月分が金八万八九九一円である(<証拠略>)。一〇月分の賃金から原告の基本給が金一万円引き上げられたのは原告がウエイターからサブマネージャーに昇格したためである(弁論の全趣旨)。原告が被告に出勤した日数は、同年八月三〇日から同年九月二〇日までが一九日、同月二一日から同年一〇月二〇日までが二五日、同月二一日から同年一一月二〇日までが二七日、同月二一日から同月二七日までが七日である(<証拠略>)。

(五) 原告が勤務していた店舗では営業時間は午前二時までであり、営業時間の終了後に原告は店内の後片づけをしていた(<人証略>、原告本人)。

(六) 原告の九月分の賃金が支払われたのは同年一〇月七日ころであり、一〇月分の賃金が支払われたのは同年一二月に入ってからであり(原告本人)、一一月分と一二月分は未払である(争いがない。)。

2  以上の事実を前提に、原告と被告が本件契約の締結に当たってした合意の内容について検討する。

(一) 右1で認定した事実によれば、原告と被告は、本件契約の締結の際に、被告は原告に対し固定給として一か月当たり金四〇万円を支払うこと、昇格することによって賃金が引き上げられていくこと、被告の原告に対する賃金の支払は二〇日締めの月末払いであること、原告の勤務時間は午後五時から翌日の午前二時までであること、そのうち休憩は一時間で実労働時間は八時間であること、原告はその勤務に係る店舗の営業時間の終了後に後片づけをすることなどを合意したこと、原告がサブマネージャーに昇格したことに伴い原告の一〇月分以降の賃金は金四一万円に引き上げられたことが認められる。

(二) これに対し、被告は、原告の賃金は月給制ではなく、一日当たり金一万六〇〇〇円、一〇月分の賃金からは一日当たり金一万六四〇〇円で二〇日締めの月末払いという日給月給制(本来日給制であるが、その支払を日々行うのではなく毎月ごとに支払う月払い日給制)であると主張する。

しかし、被告の募集広告には固定給として月給金四〇万円を支払うという記載があったこと(前記第三の一1(一))、被告の採用面接の担当者は原告に対し固定給として月給金四〇万円を支払うという説明をしたこと(前記第三の一1(二))、原告の一〇月分の賃金の支給対象となる出勤日数は二五日であるのに対し、一一月分の賃金の支給対象となる出勤日数は二七日であるから、原告の賃金が日給金一万六四〇〇円であるとすると、一〇月分の賃金は金四一万円、一一月分の賃金は四四万二八〇〇円となるはずであるが、被告の賃金台帳では原告の一〇月分の賃金及び一一月分の賃金はいずれも金四一万円であること(前記第三の一1(四))、被告の賃金台帳では右の金四一万円は基本給とされていること(前記第三の一1(四))、これらの事実を総合すれば、原告の賃金が原(ママ)告の主張するような日給月給制であると認めることはできない。

(三) ところで、原告は月の中途に入社して月の中途で退社しているから、いわゆる月給制である原告の賃金においては月の中途で入社又は退社した場合の賃金の計算方法がどのようになるかが問題となる。

(1)ア 原告は、原告の賃金の計算においては月の中途で入社又は退社した場合でも一か月分の賃金の全額が支払われると主張する。

イ しかし、仮に月の中途に入社又は退社した従業員について一か月分の賃金の全額が支給されるべきであるとすると、その従業員は入社又は退社した月の所定労働日の全部について労務を提供しなかったにもかかわらず一か月分の賃金が支払われることになるが、それはいわゆるノーワーク・ノーペイの原則(労働者が労働をしなかった場合にはその労働しなかった時間に対応する賃金は支払われないという原則)の例外をなすことになるから、月の中途に入社又は退社した従業員について一か月分の賃金の全額が支給されるべきであるといえるのは、労働者が使用者との間で月の中途に入社又は退社した場合でも一か月分の賃金の全額を支払うことを合意した場合に限られると解するのが相当である。

ところで、原告と被告は本件契約の締結の際に原告に固定給として一か月当たり金四〇万円を支払うことを合意しているが、原告の賃金が固定給であることを合意したというだけでは月の中途に入社又は退社した場合でも一か月分の賃金の全額を支払うことを合意したということはできない。かえって原告と被告は本件契約において被告の原告に対する賃金の支払は二〇日締めの月末払いであることを合意しており、これによれば、原告の一か月当たりの賃金の計算に当たっては原告が現実に何日稼働したかを勘案して原告の具体的な賃金額を決定することとされていたものと考えられる。そして、本件においては他に原告と被告が原告の賃金の計算において月の中途に入社又は退社した場合でも一か月分の賃金の全額を支払うことを合意したことを認めるに足りる証拠はない。

ウ そうすると、原告と被告が本件契約の締結の際に原告の賃金の計算において月の中途に入社又は退社した場合でも一か月分の賃金の全額を支払うことを合意したと認めることはできない。

(2)ア そこで、次に、月の中途に入社又は退社した場合の原告の賃金をどのような方法によって計算するのが本件契約の解釈として合理的であるかを検討する。

イ 原告と被告が本件契約の締結に当たって原告の賃金の計算方法についてノーワーク・ノーペイの原則に反するような計算方法を採用することを合意していないことは前記第三の一2(三)(1)イ、ウのとおりであるから、月の中途に入社又は退社した場合の原告の賃金の計算においてはノーワーク・ノーペイの原則に従って原告の一日当たりの賃金に原告の稼働日数を乗じた金額をもって原告が入社又は退社した月の原告の賃金とすることは本件契約の解釈としては一応合理性を有するというべきである。そして、被告は原告の賃金について日給金一万六〇〇〇円又は金一万六四〇〇円、月二五日計算として日給月給金四〇万円又は金四一万円であると主張していることからすれば、被告は月の中途に入社又は退社した原告の賃金の計算に当たっては原告の一か月当たりの賃金四〇万円又は金四一万円を月平均所定労働日数二五日で除した金一万六〇〇〇円又は金一万六四〇〇円をもって原告の一日当たりの賃金とすることにしたものと考えることができ、原告の一日当たりの賃金を金一万六〇〇〇円又は金一万六四〇〇円とすることには合理性があるといえる。なぜなら、原告の賃金はいわゆる月給制であるが、各月の所定労働日数の長短にかかわりなく、月額賃金は同一であること(前記第三の一2(二))、本件全証拠に照らしても、原告と被告が本件契約の締結の際に労働基準法三五条に規定する休日について賃金を支払うことを合意したことを認めるに足りる証拠はないことに照らせば、原告の一か月当たりの賃金の支給の対象となっているのは各月の所定労働日数ではなく月平均所定労働日数(労働基準法施行規則一九条一項四号を参照)であると解するのが相当であるところ、一年間を三六五日としてこれから労働基準法三五条に規定する休日として五二日を差し引いた残日数三一三日を一二か月で除すと、一か月当たり二六日(一日未満の端数は切捨て)となり、したがって、原告の一日当たりの賃金は金四〇万円又は金四一万円を二六日で除した金額ということになるが、被告は原告の月平均所定労働日数をそれよりも一日少ない二五日として原告の一日当たりの賃金を算出しているのであり、原告の賃金の日割り計算に当たっては原告に有利な取扱いをしているといえるからである。

そうすると、原告の一日当たりの賃金は九月分については金四〇万円を二五日で除した金一万六〇〇〇円であり、一〇月分以降については金四一万円を二五日で除した金一万六四〇〇円である。また、九月分の賃金の支給対象の期間内に原告が稼働した日数は一九日であり、一二月分の賃金と(ママ)支給対象の期間内に原告が稼働した日数は七日である(前記第三の一1(四))。したがって、九月分の賃金は金三〇万四〇〇〇円であり、一二月分の賃金は一一万四八〇〇円である。

(3) 以上によれば、原告の九月分の賃金は所得税などの控除前の金額で金三〇万四〇〇〇円であり、原告の一二月分の賃金は所得税などの控除前の金額で金一一万四八〇〇円である。

右によれば、原告の九月分の賃金について未払はない。また、原告の一一月分及び一二月分の各賃金についてはいずれも未払であることは当事者間に争いはないが、所得税などの控除前の金額は一一月分が金四一万円、一二月分が金一一万四八〇〇円であり、所得税などの控除後の金額は一一月分が金三六万〇八六〇円、一二月分が金八万八九九一円である(前記第三の一1(四)。なお、証拠(<証拠略>)によれば、原告の一一月分及び一二月分の賃金から寮費としてそれぞれ金二万二〇〇〇円が差し引かれているが、原告の一一月分及び一二月分の賃金から寮費として金二万五(ママ)〇〇〇円を徴収することが正当であることは後記第三の三のとおりである。)から、被告は原告に対し未払賃金として合計金四四万九八五一円の支払義務を負っているというべきである。

(四) 次に、原告は被告には未払残業代の支払義務があると主張するので、これについて検討する。

(1) 原告と被告が本件契約の締結の際に原告の勤務時間は午後五時から翌日の午前二時までであること、そのうち休憩は一時間で実労働時間は八時間であること、原告はその勤務に係る店舗の営業時間の終了後に後片づけをすることなどを合意したことは前記第三の一2(一)のとおりであり、原告が勤務していた店舗では営業時間は午前二時までであり、営業時間の終了後に原告は店内の後片づけをしていたことは前記第三の一1(五)のとおりである。

(2) 右(1)によれば、原告がその勤務に係る店舗において営業時間の終了後に行っていた店内の後片づけは一日の実労働時間である八時間を超えた時間における労働であるというべきであり、しかも、後片付けが行われたのは午前二時以降であるから、労働基準法三七条一項及び三項に基づいて本来であれば通常の賃金に五割り増しした賃金を支払うべきである。

(3) しかし、原告の一日の勤務時間は午後五時から翌日の午前二時までであり、右の勤務時間のうち午後一〇時以降の勤務は労働基準法三七条三項に規定するいわゆる深夜労働であるから、同項に従って深夜の割増賃金を支払うということになるはずであるにもかかわらず、原告は一日の勤務時間のうち午後一〇時以降の勤務について一か月当たり金四〇万円又は金四一万円の賃金のほかに割増賃金を支払うことを求めていないこと、原告の入社した日と同じ日に被告に入社したOは採用面接の際に一か月の賃金が金四〇万円であるという説明を受けてウエイターの仕事にしては賃金が高いと思ったこと(前記第三の一1(三))、被告は午後一〇時以降の割増賃金も含めて原告の賃金を定めたと主張していることに照らせば、原告と被告は本件契約の締結の際に午後一〇時以降の深夜の割増賃金をも含めて原告の一か月当たりの賃金を金四〇万円(ただし、所得税などの控除前の金額)とすることを合意したものと認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない(なお、深夜労働時間数が契約で決まっている場合に、その深夜労働に対する割増賃金分をも含めた賃金の合意をすることは何ら労働基準法三七条に違反するものではないと解される。)。

(4) そして、被告は勤務時間終了後の残業については原告の一か月当たりの賃金四〇万円に含まれていると主張していること、原告は採用面接の際に勤務時間は午前二時までであるが、営業時間の終了後に店内の後片付けもしてもらうことになるという説明を受けたが、面接の担当者から営業時間の終了後の後片付けについて残業代を支払うという説明はなく、また、原告も面接の担当者による説明に対し更に説明を求めたり異議を述べたりすることはなかったこと(前記第三の一1(二))、原告の入社した日と同じ日に被告に入社したOは採用面接の際に一か月の賃金が金四〇万円であるという説明を受けてウエイターの仕事にしては賃金が高いと思ったこと(前記第三の一1(三))、原告はその本人尋問において残業の時間を手帳に書き留めるようになったのは被告に入社してから二か月くらいしてからで、被告が倒産するのではないかという不安をもったことによるという趣旨の供述をしており、この供述によれば、原告は被告に入社してから二か月が経過するまでは残業時間を書き留めようと考えたことがなく、ましてや残業代の支払を求めたこともないといえること、以上のほか、原告の勤務時間内における午後一〇時以降の深夜の割増賃金については原告の一か月当たりの賃金に含めることを合意したものと認められることも加えて総合考慮すれば、原告と被告は本件契約の締結の際に勤務時間後の店内の後片付けに対する時間外及び深夜の割増賃金をも含めて原告の一か月当たりの賃金を金四〇万円(ただし、所得税などの控除前の金額)とすることを合意したものと認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない(なお、後片付けに要する時間は毎日おおむね決まった時間であると考えられるから、その時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金分をも含めた賃金の合意をすることは労働基準法三七条に違反するものではないと解される。)。

(5) 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被告が原告に対し未払残業代の支払義務を負っているということはできない。

(五) 右(四)によれば、被告は原告に対し未払残業代の支払義務を負っていないのであるから、原告の付加金の請求も理由がない。

二  争点2(研修手当の支払義務の有無)について

1  原告は、その本人尋問において、被告の採用面接の際に研修に参加すれば一日当たり金一万円を支払うという説明を受けたと供述しており、証人Oもこれに沿う証言をしている。

2  ところで、証拠(<証拠・人証略>、原告本人)、弁論の全趣旨によれば、被告の研修施設が群馬県の伊香保温泉にあり、被告に採用された者は被告の経営に係る各店舗で勤務し始める前に右の研修施設において四泊五日の日程で研修を受けることとされていたこと、被告に採用されて研修に参加した者について被告から従業員として賃金が支払われるのは被告の経営に係る店舗で勤務し始めてからのことであること、原告は平成九年八月二五日から同月二九日まで五日間にわたり研修に参加したことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

被告が行った研修とは、要するに、被告の経営に係る店舗で勤務するに当たって備えていなければならない知識や接客態度などを身につけさせることを目的として行われたものと考えられるところ、そうであるとすれば、研修に参加した者は被告の従業員に準じる者としてこれに研修に参加したことに対する手当を支給するということも十分あり得るものといえること、原告の入社当時の一日当たりの賃金は金一万六〇〇〇円である(前記第三の一2(三)(2)イ)のに対し、原告の主張に係る研修手当は一日当たり金一万円であり、ウエイターという原告の勤務の内容と研修の日程や内容などを対比すれば、一日当たり金一万円という金額の研修手当は決して非常識な金額とはいえないこと、以上のほか、前記第三の二1の原告の供述及び(人証略)の証言も考え合わせれば、原告は被告との間で研修に参加すれば一日当たり金一万円を支払うことを約したと認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

3  以上によれば、被告は原告に対し研修手当として金五万円の支払義務を負っているというべきである。

三  争点3(寮費の過払いの有無)について

証拠(<証拠・人証略>、原告本人)によれば、被告は原告が被告の寮の一つである上野ポセイドンアームス二〇五号室に入寮したものと取り扱っており、被告は原告の一〇月分以降の賃金から寮費を差し引いていること、原告は被告の寮で生活したことはほとんどなかったが、被告の経営に係る店舗で勤務を始めてから入寮するかどうか聞かれた原告は通勤に困ったら入寮するかもしれないと思い、自分のために寮を開けておいてほしいと答えたことが認められ(この認定に反する証拠はない。)、右によれば、被告が原告の一〇月分以降の賃金から寮費を差し引いたことは正当というべきである。過払いであるとして寮費に相当する分の金員の返還を求める原告の請求は理由がない。

四  争点四(ママ)(慰謝料の支払義務の有無)について

原告は、原告が離婚するに至ったのは被告が賃金の支払を遅延したからであると主張するが、離婚に至る経緯についての原告の供述を子細に検討しても、原告の離婚の原因が被告の賃金の支払の遅延であるということはできないから、その余の点について判断するまでもなく、慰謝料の支払を求める原告の請求は理由がない。

第四結論

以上によれば、原告の本訴請求は被告に対し金四九万九八五一円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年一月二三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があると認められる。

(裁判官 鈴木正紀)

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